作中の『カミサマ』とは、Articolato Rosatraum Waentbryda Sterwilfin White Mithra Oblige Saccade のプレイヤーのこと。
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ビスマルクの高名な調理人、アルティコレートは趣味人である。調理は金の為にやっている訳ではない、ということだ。彼女は冒険者としての名声も、金も持っているからだろう。だから彼女は、金で動くことは稀である。他人の指名でスキレットを振るうなんてこと、もっての他。リムサ・ロミンサを統治する提督メルウィブ・ブルーフィスウィン、彼女ただ一人を除いては……
しかしまあ、顔も知れ、力もコネもある彼女。逆を言えば、その責任を思えば、簡単には断ることが難しいとも言える。
提督の指名しか受けないというのも、ひとつの脅しにしか過ぎない。違う方向であれば、彼女より金も権力もあるものはたくさんいる。
その日、ビスマルクに一人のメイドが訪ねてきた。あるウルダハの商人の使いであるという。ウルダハは金持ちが集まって国を纏めている国。人ひとりとは言え、面向かって雇用を望まれては断った時の影響がはかれない。何かを盾にとられたりする可能性すらある。
軍学者でもある、彼女はこう考えた……。この交渉、舞台に上るべきではない、と。
我が身の自由と信念を守るために。
「事前に店長が助言くださらなかったらどうなっていたことかしら」
メイドが訪ねてきたのは、わたくしの居ぬ間を狙ってのことでした。アポイントメントを取る気は見せながら、わたくしに対しては不意を突くつもりであったのです。
約束の日は翌日日中。わたくしにもし話が行ってなければ、わたくしはその日も調理場におり、その邂逅を回避する事は難しかったでしょう。
暗い闇に包まれたリムサの下甲板層へ、わたくしはビスマルクから降りていきました。夜間でも冒険者で賑わうエーテライト・プラザを、人目を避けるように商店街へと抜けていきました。
既に、逃げ先には連絡を入れ、それっぽい約束をでっち上げて頂いておりますが、なにかいい案は此方でも考えられないものか。
「……あれは」
マーケットの中腹から、漁師ギルドへ降りる橋を、逆に向かう影が知り合いのものであることに気が付きました。彼処からは、ミスト・ヴィレッジからの船も着いています、恐らくはアストの家からの帰りでしょうか。
雪のような白い髪が月の光に照らされているのを、少しいとおしいと思いながら。
「あら、良いところにサシャ!」「……お?」
石橋から木橋へと飛び下りながら声をかける。声に気付いたミコッテの女性……サシャ・フェンディの視線がわたくしを探し、捉える……その直前がタイムリミット。
「ごめん、一日付き合ってくださいまし!」
「きゃっ!?わ、わ、ちょっとアルティー?」
通りすがり際に脇に腕を差し込み、片腕を捕らえ。無理矢理に近い形でわたくしは彼女を連れ出した。きっと遠目にわたくしが見付けられても、ただの駆け落ちに見えたでしょう。
「船頭さん、お待たせしたわ!」「よう金糸の嬢ちゃん、主人から話はうかがってますぜ。今すぐ、でいいんだな」
「ええ、わたくしが抜け出したとばれる前に直ぐ!」
根回しのはやい連絡先で本当に助かった。あの人に対しては貸しも借りもあり、時々は気紛れに場にでる事もあるからか。
「どうしても、デートの相手が入り用だったの。ねえ、サシャ。今夜わたくしの恋人になってくださらない?」
小舟の行き先……それは、ラノシアのリゾート。
コスタ・デル・ソル。
しかしまあ、顔も知れ、力もコネもある彼女。逆を言えば、その責任を思えば、簡単には断ることが難しいとも言える。
提督の指名しか受けないというのも、ひとつの脅しにしか過ぎない。違う方向であれば、彼女より金も権力もあるものはたくさんいる。
その日、ビスマルクに一人のメイドが訪ねてきた。あるウルダハの商人の使いであるという。ウルダハは金持ちが集まって国を纏めている国。人ひとりとは言え、面向かって雇用を望まれては断った時の影響がはかれない。何かを盾にとられたりする可能性すらある。
軍学者でもある、彼女はこう考えた……。この交渉、舞台に上るべきではない、と。
我が身の自由と信念を守るために。
「事前に店長が助言くださらなかったらどうなっていたことかしら」
メイドが訪ねてきたのは、わたくしの居ぬ間を狙ってのことでした。アポイントメントを取る気は見せながら、わたくしに対しては不意を突くつもりであったのです。
約束の日は翌日日中。わたくしにもし話が行ってなければ、わたくしはその日も調理場におり、その邂逅を回避する事は難しかったでしょう。
暗い闇に包まれたリムサの下甲板層へ、わたくしはビスマルクから降りていきました。夜間でも冒険者で賑わうエーテライト・プラザを、人目を避けるように商店街へと抜けていきました。
既に、逃げ先には連絡を入れ、それっぽい約束をでっち上げて頂いておりますが、なにかいい案は此方でも考えられないものか。
「……あれは」
マーケットの中腹から、漁師ギルドへ降りる橋を、逆に向かう影が知り合いのものであることに気が付きました。彼処からは、ミスト・ヴィレッジからの船も着いています、恐らくはアストの家からの帰りでしょうか。
雪のような白い髪が月の光に照らされているのを、少しいとおしいと思いながら。
「あら、良いところにサシャ!」「……お?」
石橋から木橋へと飛び下りながら声をかける。声に気付いたミコッテの女性……サシャ・フェンディの視線がわたくしを探し、捉える……その直前がタイムリミット。
「ごめん、一日付き合ってくださいまし!」
「きゃっ!?わ、わ、ちょっとアルティー?」
通りすがり際に脇に腕を差し込み、片腕を捕らえ。無理矢理に近い形でわたくしは彼女を連れ出した。きっと遠目にわたくしが見付けられても、ただの駆け落ちに見えたでしょう。
「船頭さん、お待たせしたわ!」「よう金糸の嬢ちゃん、主人から話はうかがってますぜ。今すぐ、でいいんだな」
「ええ、わたくしが抜け出したとばれる前に直ぐ!」
根回しのはやい連絡先で本当に助かった。あの人に対しては貸しも借りもあり、時々は気紛れに場にでる事もあるからか。
「どうしても、デートの相手が入り用だったの。ねえ、サシャ。今夜わたくしの恋人になってくださらない?」
小舟の行き先……それは、ラノシアのリゾート。
コスタ・デル・ソル。
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十二神大聖堂。
私は、その聖堂内に設けられていた、ひとつの部屋におりました。
「気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい……」
作業机がひとつ、その上に白い封筒に納められた書。私はそれを手にし、涙が溢れます。
"何時かこの部屋が暴かれた日の為に"
そう書かれた封書の中身は……"アンフェルツィート"の遺書でした。
ユニコーンに暴かれたこの部屋にいまいるのはわたくしだけですが、もう少しすれば本来の部屋の主もくる事でしょう。世界には、この部屋の主として定義された、別人なのであり、本物の彼女は本当に身を投げてしまわれたのだともまた、ユニコーンから伺いました。
ユニコーンが渡してきた、ぼろぼろの帽子は、確かに彼女が道士として被っていた帽子。
わたくしはそれを抱いて、そっと声を殺し泣きました。もうすぐくる人にこの涙を見せる訳にはいかないでしょう。
彼女にとってもまた、辛い部屋に違いないでしょうから。
「センナ様は此方におられます」
運命の時が来た。
あの部屋の扉を開く。先に来ていたセンナ様の後ろ姿が見えた。
真っ白な部屋、閉められたレースのカーテン。深い木の色をした作業机、その上の白い一通の封筒。
隣に立つ『アンフェルツィート』が目を見開き凍り付くのが見えた。先に聞いた話では、この『アンフェルツィート』に"アンフェルツィート"としての記憶は自分の存在を混同するようになってから僅かに覚えるようになったらしいのだと聞いていたが。
「この部屋に、覚えはありますか」
息を飲むばかりで、返事はない。
本当にユニコーンの言う通り、身体だけ同じ……別人であったのか。前の身体の持ち主を追憶し、望まれるままに倣った結果、本物そっくりになりきる事を覚えてしまった、全くの他人であったのか。
「ありませんか、此処は貴女が死を決意した部屋です」
「ぁ、ああ、ああぁ……!」
隣の彼女が、頭を抱えて蹲る。罪悪感を抱くものの、此処で止めては、彼女は染み付いたなりきりをもう自分で剥がせない。
「貴女は……海に身を投げた、アンフェルツィートではありませんね?」
「ちが、や、嫌ああぁ……」
精神負荷が意識の線を焼き千切ってしまったのか、彼女はとうとう崩れ落ちた。助けおこし、命には別状無いことを確かめる。心配そうに振り返るセンナ様に、「気をやってしまわれただけです」と返し、アンフェル様を抱き上げた。
背の高さの割に、彼女は軽い。
作業室の奥に設けられた簡易ベッドに寝かせてやることにした。
「自分が別人であることを受け入れられなくなるまで、心底なりきってしまわれていたのですね……」
「でしょう、ね。此処までとは……思っておらず」
望まれるまま、演じ続け。
次第にそれを幸せに感じるようになり。地位も人望もあるその環境にすがるようにしがみつき。何時しか我すら忘れていた。
苦痛に顔を歪めたまま意識を失っているいまの彼女は、何を思っているのだろう。
「苦しかったでしょう、貴女に貴女以外を求められたこと。此処まで来てしまった以上、もう思い出さない方が幸せだったのかもしれませんね、貴女が何者であったかということ」
そっとセンナ様がアンフェル様の頬に触れた。その輪郭を優しくなぞる。海に身を投げた筈なのに、なんの障害も持たぬ違和感を除けば、彼女の姿は確かに"アンフェルツィート"その人だ。
「ただそうだとしても……この件の真実と、偽らざる貴女の心を確かめたかったのです」
他人として生きる生。
それが、本当の本当に幸せなのか。私達は思えずにいた。
「アンフェルツィートではない、貴女と……きちんと、お話がしたいのです」
ふと、暗闇のなかにいることに気が付いた。
真っ暗で何も見えない処、私の片腕を引く姿がある。
褐色の肌、灰銀の髪。深紅の瞳が笑いかける。わたしかな?
引かれるままにそちらに向かおうと思うと、もう一方の腕を誰かに引かれた。
柔らかな肌色、鮮やかな紺青の髪。萌える草色の瞳が怒りを露に私の逆手を引く。はっ、とした。あれ、わたし?
どちらに手を引くのも私だと、私の記憶は訴えた。けれども、そんな筈がない。私はひとりだ、と真っ黒くろすけの私の姿を見て思う。どちらに応じるべきか戸惑っているうちに、二人は本気で引っ張り始めた。
やめて、助けて、『わたし』が裂けちゃうよ!
そう叫ぼうとして……私は飛び起きた。
「あれ……?」
「大丈夫ですか?」
知らないけれども、見覚えのある部屋。褐色の肌も、視界に入る灰銀の髪も、私の筈だ。けれども、なんでだろう。違う。私じゃない。
「なんで、わたし、そうじゃない……」
頭が痛い。息が上がる。どうして私はこんな姿をしているのか。いや、そんなことを言うならば私の本当の姿って?そう考えると、夢の中の猫の姿が浮かぶ。嘘だ、そんなわけない。尻尾を触られた記憶なんてないのに。
「私、誰……?」
「アンフェルツィート様……?」
「違う、私、そんな名前、違う。違うのに、私、他の名前……」
呼ばれた名前は、この姿の名前だとはっきり繋がった。けれども、私はこの姿では本来無かった気がして。では、私の本当の名前は?
違う名前で呼ばれる記憶を辛うじて引き出す。しかし、その記憶に映像も音もない。違う名前を呼ばれたという、意識だけが。
「……名前、私の名前……ない、見当たらない、私……」
狼狽える事しか出来ない私の背中を、センナ様が優しくさする。鬼哭隊の人は、私じゃないわたしの名前を呼ぶけれど、それは私の名前が無いからで、私を案じているのは分かる。
「無理をしないでくださいね、貴女は長い間その意識を押し込め、忘れて生きてきたのです……直ぐには思い出せぬのも仕方のないこと」
そう言えば、私は誰として生きてきたん、だっけ。間もない記憶はすらすらと浮かぶ。今日も、アンフェルツィートは道士のひとりとして、かつ双蛇党のひとりとしてカヌ・エ様の望みに応えて会合を……
「ぁ、カヌ・エ様……本日のご用件、は……?」
いけない、混乱していて、忘れていた。その上介抱までされているだなんて。私ったら、なんて情けないの。
「貴女とお話しをしたくて、此処までお連れしたのです。名の無い貴女と」
「……」
名無しの私。そう言われて言葉に詰まる。そうだ、私には、地位も名前も姿すらない。ここにあるのは、この身体とこの身体の名とこの身体の地位。
決して忌み嫌うような感情はアンフェルツィートには抱いてはいない。言うならば、新しいわたし、のような、そんな気持ちは抱いてもいたし。
けれども、私は求められる新しい私であろうと願ううちに……名の無い私であるという意識を、失っていたのか。
「そう……」
まだ混濁する意識のまま、私は紡いだ。他ならぬ、名もない私が、思うこと。抱く幸せのかたち。みんなが幸せなら、幸せの為に、この身体と、アンフェルツィートという人物がいるなら。
確かに私は名無しの私を忘れていた。けれども、海に身を投げたアンフェルツィートとはまた違う思考と選択の中に生きてもいると、私は思う。私はかつてのアンフェルツィートそのままになろうとしているのではなく、私なりに『アンフェルツィート』として名付けられた立場で生きようとしていた、と。
「本当に、それで良いのかしら……結局、誰も貴女を……名無しの貴女を貴女に求めないなんて」
「そう、ですね……でも、覚えていてくれたし、ユニコーンが。それに幸せなの、今のアンフェルだって、私のものだもん」
幸せだった。それは確かだった。
だからこそ名無しの私を忘れるくらい、アンフェルと呼ばれた私に没入していたんだろう。
「其処まで心配なら、覚えててくれたら、嬉しい、かな……?」
はっとするカヌ・エ様の姿を見て、望みすぎたかと一瞬後悔するけれども。
「そうですね……では、私と彼女だけでも。多くの人にこの真実を伝える事は出来ないでしょうから……わたくし達だけでも貴女の存在を覚えておきましょう」
はじめは、とてもとても辛かった事を覚えている。
私が私でなくなる感覚、私じゃない私が求められる感覚。確かに、カヌ・エ様の言う通りだった。けれども、アンフェルと呼ばれた私には、かつての私には出来ないたくさんのことがあって。生まれ変わった気がして。次第に好きになったのだ。
そしたら私が世界の考えているアンフェルそのものではなかった事も、名無しの私も忘れてしまって、受け入れるのに時間をとってしまったけれども。
これからは、名無しの私も覚えていてくれるひとがいる……
わたし、要らない子じゃないんだな。だって、わたしの幸せを祈ってくれる、ひとがいるもの。だから、わたしを忘れるほどのめり込んでなりきる必要もまた、もうないんだ。
私は、その聖堂内に設けられていた、ひとつの部屋におりました。
「気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい……」
作業机がひとつ、その上に白い封筒に納められた書。私はそれを手にし、涙が溢れます。
"何時かこの部屋が暴かれた日の為に"
そう書かれた封書の中身は……"アンフェルツィート"の遺書でした。
ユニコーンに暴かれたこの部屋にいまいるのはわたくしだけですが、もう少しすれば本来の部屋の主もくる事でしょう。世界には、この部屋の主として定義された、別人なのであり、本物の彼女は本当に身を投げてしまわれたのだともまた、ユニコーンから伺いました。
ユニコーンが渡してきた、ぼろぼろの帽子は、確かに彼女が道士として被っていた帽子。
わたくしはそれを抱いて、そっと声を殺し泣きました。もうすぐくる人にこの涙を見せる訳にはいかないでしょう。
彼女にとってもまた、辛い部屋に違いないでしょうから。
「センナ様は此方におられます」
運命の時が来た。
あの部屋の扉を開く。先に来ていたセンナ様の後ろ姿が見えた。
真っ白な部屋、閉められたレースのカーテン。深い木の色をした作業机、その上の白い一通の封筒。
隣に立つ『アンフェルツィート』が目を見開き凍り付くのが見えた。先に聞いた話では、この『アンフェルツィート』に"アンフェルツィート"としての記憶は自分の存在を混同するようになってから僅かに覚えるようになったらしいのだと聞いていたが。
「この部屋に、覚えはありますか」
息を飲むばかりで、返事はない。
本当にユニコーンの言う通り、身体だけ同じ……別人であったのか。前の身体の持ち主を追憶し、望まれるままに倣った結果、本物そっくりになりきる事を覚えてしまった、全くの他人であったのか。
「ありませんか、此処は貴女が死を決意した部屋です」
「ぁ、ああ、ああぁ……!」
隣の彼女が、頭を抱えて蹲る。罪悪感を抱くものの、此処で止めては、彼女は染み付いたなりきりをもう自分で剥がせない。
「貴女は……海に身を投げた、アンフェルツィートではありませんね?」
「ちが、や、嫌ああぁ……」
精神負荷が意識の線を焼き千切ってしまったのか、彼女はとうとう崩れ落ちた。助けおこし、命には別状無いことを確かめる。心配そうに振り返るセンナ様に、「気をやってしまわれただけです」と返し、アンフェル様を抱き上げた。
背の高さの割に、彼女は軽い。
作業室の奥に設けられた簡易ベッドに寝かせてやることにした。
「自分が別人であることを受け入れられなくなるまで、心底なりきってしまわれていたのですね……」
「でしょう、ね。此処までとは……思っておらず」
望まれるまま、演じ続け。
次第にそれを幸せに感じるようになり。地位も人望もあるその環境にすがるようにしがみつき。何時しか我すら忘れていた。
苦痛に顔を歪めたまま意識を失っているいまの彼女は、何を思っているのだろう。
「苦しかったでしょう、貴女に貴女以外を求められたこと。此処まで来てしまった以上、もう思い出さない方が幸せだったのかもしれませんね、貴女が何者であったかということ」
そっとセンナ様がアンフェル様の頬に触れた。その輪郭を優しくなぞる。海に身を投げた筈なのに、なんの障害も持たぬ違和感を除けば、彼女の姿は確かに"アンフェルツィート"その人だ。
「ただそうだとしても……この件の真実と、偽らざる貴女の心を確かめたかったのです」
他人として生きる生。
それが、本当の本当に幸せなのか。私達は思えずにいた。
「アンフェルツィートではない、貴女と……きちんと、お話がしたいのです」
ふと、暗闇のなかにいることに気が付いた。
真っ暗で何も見えない処、私の片腕を引く姿がある。
褐色の肌、灰銀の髪。深紅の瞳が笑いかける。わたしかな?
引かれるままにそちらに向かおうと思うと、もう一方の腕を誰かに引かれた。
柔らかな肌色、鮮やかな紺青の髪。萌える草色の瞳が怒りを露に私の逆手を引く。はっ、とした。あれ、わたし?
どちらに手を引くのも私だと、私の記憶は訴えた。けれども、そんな筈がない。私はひとりだ、と真っ黒くろすけの私の姿を見て思う。どちらに応じるべきか戸惑っているうちに、二人は本気で引っ張り始めた。
やめて、助けて、『わたし』が裂けちゃうよ!
そう叫ぼうとして……私は飛び起きた。
「あれ……?」
「大丈夫ですか?」
知らないけれども、見覚えのある部屋。褐色の肌も、視界に入る灰銀の髪も、私の筈だ。けれども、なんでだろう。違う。私じゃない。
「なんで、わたし、そうじゃない……」
頭が痛い。息が上がる。どうして私はこんな姿をしているのか。いや、そんなことを言うならば私の本当の姿って?そう考えると、夢の中の猫の姿が浮かぶ。嘘だ、そんなわけない。尻尾を触られた記憶なんてないのに。
「私、誰……?」
「アンフェルツィート様……?」
「違う、私、そんな名前、違う。違うのに、私、他の名前……」
呼ばれた名前は、この姿の名前だとはっきり繋がった。けれども、私はこの姿では本来無かった気がして。では、私の本当の名前は?
違う名前で呼ばれる記憶を辛うじて引き出す。しかし、その記憶に映像も音もない。違う名前を呼ばれたという、意識だけが。
「……名前、私の名前……ない、見当たらない、私……」
狼狽える事しか出来ない私の背中を、センナ様が優しくさする。鬼哭隊の人は、私じゃないわたしの名前を呼ぶけれど、それは私の名前が無いからで、私を案じているのは分かる。
「無理をしないでくださいね、貴女は長い間その意識を押し込め、忘れて生きてきたのです……直ぐには思い出せぬのも仕方のないこと」
そう言えば、私は誰として生きてきたん、だっけ。間もない記憶はすらすらと浮かぶ。今日も、アンフェルツィートは道士のひとりとして、かつ双蛇党のひとりとしてカヌ・エ様の望みに応えて会合を……
「ぁ、カヌ・エ様……本日のご用件、は……?」
いけない、混乱していて、忘れていた。その上介抱までされているだなんて。私ったら、なんて情けないの。
「貴女とお話しをしたくて、此処までお連れしたのです。名の無い貴女と」
「……」
名無しの私。そう言われて言葉に詰まる。そうだ、私には、地位も名前も姿すらない。ここにあるのは、この身体とこの身体の名とこの身体の地位。
決して忌み嫌うような感情はアンフェルツィートには抱いてはいない。言うならば、新しいわたし、のような、そんな気持ちは抱いてもいたし。
けれども、私は求められる新しい私であろうと願ううちに……名の無い私であるという意識を、失っていたのか。
「そう……」
まだ混濁する意識のまま、私は紡いだ。他ならぬ、名もない私が、思うこと。抱く幸せのかたち。みんなが幸せなら、幸せの為に、この身体と、アンフェルツィートという人物がいるなら。
確かに私は名無しの私を忘れていた。けれども、海に身を投げたアンフェルツィートとはまた違う思考と選択の中に生きてもいると、私は思う。私はかつてのアンフェルツィートそのままになろうとしているのではなく、私なりに『アンフェルツィート』として名付けられた立場で生きようとしていた、と。
「本当に、それで良いのかしら……結局、誰も貴女を……名無しの貴女を貴女に求めないなんて」
「そう、ですね……でも、覚えていてくれたし、ユニコーンが。それに幸せなの、今のアンフェルだって、私のものだもん」
幸せだった。それは確かだった。
だからこそ名無しの私を忘れるくらい、アンフェルと呼ばれた私に没入していたんだろう。
「其処まで心配なら、覚えててくれたら、嬉しい、かな……?」
はっとするカヌ・エ様の姿を見て、望みすぎたかと一瞬後悔するけれども。
「そうですね……では、私と彼女だけでも。多くの人にこの真実を伝える事は出来ないでしょうから……わたくし達だけでも貴女の存在を覚えておきましょう」
はじめは、とてもとても辛かった事を覚えている。
私が私でなくなる感覚、私じゃない私が求められる感覚。確かに、カヌ・エ様の言う通りだった。けれども、アンフェルと呼ばれた私には、かつての私には出来ないたくさんのことがあって。生まれ変わった気がして。次第に好きになったのだ。
そしたら私が世界の考えているアンフェルそのものではなかった事も、名無しの私も忘れてしまって、受け入れるのに時間をとってしまったけれども。
これからは、名無しの私も覚えていてくれるひとがいる……
わたし、要らない子じゃないんだな。だって、わたしの幸せを祈ってくれる、ひとがいるもの。だから、わたしを忘れるほどのめり込んでなりきる必要もまた、もうないんだ。
幻術士ギルド。
私は碩老樹瞑想窟から出てくるであろう、一人の女性を待ち構えていた。
ケープをアレンジしたかのような上着と、長い腰布を巻いたようなスカート。肌の露出は高いものの、厭らしさは決して感じさせない。
木靴が木の橋と鳴らす音色を、私は目を伏せながら聞いていた。森の音色が心地好い。
褐色の肌、灰銀の髪。
色の違う紅の瞳が、私に微笑みかける。
「御待たせ致しました、鬼哭のひと」
「たいして待ってもおりません、お気になさらず。……アンフェルツィート様」
「うん、分かっているよ。其処まで護衛、宜しくお願いします」
彼女こそが噂の人。
シェーダーの道士というだけで珍しいのに、幻獣ユニコーンを伴い、白魔法を会得し、センナ家の弟妹にも信頼されている。
かなりの重要人物であるのにはかわりなく、公の場であれば彼女にも護衛がつくのが常だ。
普段は神勇隊の管轄である。その上、彼女は冒険者として立つ際は護衛を拒む事すらあるために、私が護衛するというのは異例でもあるのだが。
――確かめたかったのだ。
彼女が別人であるというのを、他ならぬこの目で。
「にしても、珍しいね。センナ様が、都市の外で待ち合わせをするだなんて」
「あまり、公とはしたくない事柄であるそうですから」
今回、彼女は密談の内容を知らない。彼女を呼び出したのは、他ならぬ噂の真偽を確かめる為。
未だ、悟られてはいない。
悟られてはいけない。
「そっか……何だろ?想像つかないや」
何時もはユニコーンに乗る彼女も、護衛が居るときは馬車に乗ってくださるようにようやっとなってくれたのだと、何時か神勇隊の知人がこぼした事がある。
私の目の前で体操座りを崩したような座り方をそのままに、リラックスしているような、横顔に囁いた。
「馬車はお慣れになりましたか?」
「うん、皆揺れないように気をつかってくれているから」
それは、私達の知っている"ある日"の、丁度後のことで。
まだあの焦りと喧騒を……思い出す。
道士、アンフェルツィートは冒険者の出。故に何時も都市に居るわけではないし、直ぐに呼び出せる訳ではない。しかし、ある程度の居場所は一匹のモーグリが知っており、彼女を探すのに困った事はなかった。
唯一度、を除いては。
『とんでもないクポ!アンフェルが自害するってボクをおいてって森からすら出ていっちゃったクポ!』
たまたま其処に高位の道士以外に居たのは私だけで、その件は直ぐに口封じがされた。実際彼女は精霊の誰もが居場所を知らず、彼女の愛馬も行方不明。
当時未だ裏役として動いてばかり、知るひとぞ知る著名人。自殺の証拠すら見付けられないまま月日は過ぎた。
『ご心配おかけしました』
結局騒動は、ある日唐突に彼女が戻ってきて幕を閉じた。彼女は自害予告などしていないし、知らぬといい、一匹のモーグリが道士達に怒られただけであっさり片付けられた。
ただ戻ってきた彼女は慎ましやかながら、別人のように明るくて。はじめは疑った者もいた筈なのに、何時かすっかり忘れていた……
「どうしたの?険しい顔……」
「……はっ、すみませぬ心配をお掛けして」
私達の行き先は十二神大聖堂。
其処には、あの日々見付けられなかった、大事な証拠が眠っている。
哀しまないで。
わたしが悪いのだから。
わたしが望むべきではなかったのだから。
そういって、わたくしめから目を逸らした一人の女性の姿を、わたくしは今も思い出す。
一人のシェーダーがいた。
父も母も、わたくしは彼女からその存在を聞かされた事がない。
ふらりとグリダニアの地を訪れ、冒険者として名を記した彼女は、けれども専ら、森の何処かで密やかに祈りを捧げるばかりであった。
わたくしともその最中に出逢い、彼女の献身に付き従う事にしたのだったか。
彼女は迫害を受けていた。
シェーダーの流れ者。
それは、あまり好まれぬ要素の塊であった。ただ彼女が虐げられる事に何も物申す事がなかったから、それが表になることはなかった。
最後まで。
彼女が白魔道士となり、その名は一般人のものとは到底言えなくなり、彼女への陰湿なそれは加速した。そして、とうとう……
彼女は彼女の好きだった海に身を投げるのだと言った。付き従っていたモーグリに、自害することだけを伝えるよう申し付け、彼女は自室を後にした。その自室に、鍵がわりの結界を張る。誰も、その部屋の存在に気付けぬようにと。
とても直視出来ないストリップな衣装は、彼女のシェーダーらしさを引き立てる。その上に一枚だけ森色のカウルを羽織って、彼女が伝説の白魔道士にはとてもじゃないが映らない。
わたくしめにも、黒い布を被せ、そっとわたくし達は森を出た。
彼女はわたくしめに外地ラノシアの隠者の庵までいくように指示をした。断る権利は、わたくしめにはありはしない。
断崖絶壁。
其処に流れる滝。
折れた大きな橋のようにも見える突き出した木の足場に、彼女は立った。
わたくしからはもう降りていて、何処へとでも行きなさい、と言われたが。わたくしは庵の影から彼女を見詰め、目を離すことが出来なかった。
そっと彼女が道士服を羽織り、帽子を被り。先に残った荷物を崖の下へ放り投げた。気持ちが抑えられなくて、わたくしは彼女のもとへ駆け出そうとした。
しかし同時に飛び降りた彼女。
わたくしが留められたのは彼女の帽子のみで……
無情な水音が、ただ響いた。
言葉を交わせぬ獣の身を、どれだけ嘆いたことだろうか。
このユニコーンの身でなければ、彼女を止める楔となれただろうか。
失意の日々が続いた。彼女が身を投げたラノシアの海の傍らを歩む日々。何時しか彼女が流れ着きやしないかと、ただただ待ち続けた。
聞こえてくる、低い角笛の音。
とうとう幻獣にも幻聴が聞こえたか、と独りごちて駆け出した。幻聴に応える理由はなかったけれども、気が付いたら身に染みた癖のように駆け出していた。
中央ラノシアのある川に掛かる橋の上に……
わたくしめは、彼女でない彼女をみた。
「ユニコーン……!」
身姿は、海に沈んだわたくしめの彼女と殆ど変わらぬ姿をしていた。ひとつ、彼女の両目の赤が異なって見えたくらい。嬉しそうに彼女はわたくしめを抱き締めるなされ……震える声でわたくしに問うた。
「アンフェルツィートとして生きていくから、どうか私に力を貸して……」
彼女は、わたくしの知る彼女ではなかった。同じ身、同じ力、しかし本当には違う名を持っていたという、謎の存在。
誰もが彼女をわたくしの主の彼女として認識しているのを、わたくしは彼女の横で見た。彼女もそれを分かっているのか、努めてそう振る舞い、応じてきた。
やがて、彼女の彼女らしい処はひとつずつ抜け落ちていき……彼女は本当に主の彼女になりきってしまったように思えてきた。
はじめは頻繁に溢していた、昔話。彼女が猫であった話も、何時からかしなくなり。彼女が違和感を感じるような口調で話すことも減っていき。
わたくしは危機感を覚えた。
このままでは、『彼女』が消えてしまう……
だからわたくしめは話しました。彼女と『彼女』の二人のことを、一匹のモーグリに。きっと酷い裏切りだと、どちらも怒るでしょうけれども……
私は碩老樹瞑想窟から出てくるであろう、一人の女性を待ち構えていた。
ケープをアレンジしたかのような上着と、長い腰布を巻いたようなスカート。肌の露出は高いものの、厭らしさは決して感じさせない。
木靴が木の橋と鳴らす音色を、私は目を伏せながら聞いていた。森の音色が心地好い。
褐色の肌、灰銀の髪。
色の違う紅の瞳が、私に微笑みかける。
「御待たせ致しました、鬼哭のひと」
「たいして待ってもおりません、お気になさらず。……アンフェルツィート様」
「うん、分かっているよ。其処まで護衛、宜しくお願いします」
彼女こそが噂の人。
シェーダーの道士というだけで珍しいのに、幻獣ユニコーンを伴い、白魔法を会得し、センナ家の弟妹にも信頼されている。
かなりの重要人物であるのにはかわりなく、公の場であれば彼女にも護衛がつくのが常だ。
普段は神勇隊の管轄である。その上、彼女は冒険者として立つ際は護衛を拒む事すらあるために、私が護衛するというのは異例でもあるのだが。
――確かめたかったのだ。
彼女が別人であるというのを、他ならぬこの目で。
「にしても、珍しいね。センナ様が、都市の外で待ち合わせをするだなんて」
「あまり、公とはしたくない事柄であるそうですから」
今回、彼女は密談の内容を知らない。彼女を呼び出したのは、他ならぬ噂の真偽を確かめる為。
未だ、悟られてはいない。
悟られてはいけない。
「そっか……何だろ?想像つかないや」
何時もはユニコーンに乗る彼女も、護衛が居るときは馬車に乗ってくださるようにようやっとなってくれたのだと、何時か神勇隊の知人がこぼした事がある。
私の目の前で体操座りを崩したような座り方をそのままに、リラックスしているような、横顔に囁いた。
「馬車はお慣れになりましたか?」
「うん、皆揺れないように気をつかってくれているから」
それは、私達の知っている"ある日"の、丁度後のことで。
まだあの焦りと喧騒を……思い出す。
道士、アンフェルツィートは冒険者の出。故に何時も都市に居るわけではないし、直ぐに呼び出せる訳ではない。しかし、ある程度の居場所は一匹のモーグリが知っており、彼女を探すのに困った事はなかった。
唯一度、を除いては。
『とんでもないクポ!アンフェルが自害するってボクをおいてって森からすら出ていっちゃったクポ!』
たまたま其処に高位の道士以外に居たのは私だけで、その件は直ぐに口封じがされた。実際彼女は精霊の誰もが居場所を知らず、彼女の愛馬も行方不明。
当時未だ裏役として動いてばかり、知るひとぞ知る著名人。自殺の証拠すら見付けられないまま月日は過ぎた。
『ご心配おかけしました』
結局騒動は、ある日唐突に彼女が戻ってきて幕を閉じた。彼女は自害予告などしていないし、知らぬといい、一匹のモーグリが道士達に怒られただけであっさり片付けられた。
ただ戻ってきた彼女は慎ましやかながら、別人のように明るくて。はじめは疑った者もいた筈なのに、何時かすっかり忘れていた……
「どうしたの?険しい顔……」
「……はっ、すみませぬ心配をお掛けして」
私達の行き先は十二神大聖堂。
其処には、あの日々見付けられなかった、大事な証拠が眠っている。
哀しまないで。
わたしが悪いのだから。
わたしが望むべきではなかったのだから。
そういって、わたくしめから目を逸らした一人の女性の姿を、わたくしは今も思い出す。
一人のシェーダーがいた。
父も母も、わたくしは彼女からその存在を聞かされた事がない。
ふらりとグリダニアの地を訪れ、冒険者として名を記した彼女は、けれども専ら、森の何処かで密やかに祈りを捧げるばかりであった。
わたくしともその最中に出逢い、彼女の献身に付き従う事にしたのだったか。
彼女は迫害を受けていた。
シェーダーの流れ者。
それは、あまり好まれぬ要素の塊であった。ただ彼女が虐げられる事に何も物申す事がなかったから、それが表になることはなかった。
最後まで。
彼女が白魔道士となり、その名は一般人のものとは到底言えなくなり、彼女への陰湿なそれは加速した。そして、とうとう……
彼女は彼女の好きだった海に身を投げるのだと言った。付き従っていたモーグリに、自害することだけを伝えるよう申し付け、彼女は自室を後にした。その自室に、鍵がわりの結界を張る。誰も、その部屋の存在に気付けぬようにと。
とても直視出来ないストリップな衣装は、彼女のシェーダーらしさを引き立てる。その上に一枚だけ森色のカウルを羽織って、彼女が伝説の白魔道士にはとてもじゃないが映らない。
わたくしめにも、黒い布を被せ、そっとわたくし達は森を出た。
彼女はわたくしめに外地ラノシアの隠者の庵までいくように指示をした。断る権利は、わたくしめにはありはしない。
断崖絶壁。
其処に流れる滝。
折れた大きな橋のようにも見える突き出した木の足場に、彼女は立った。
わたくしからはもう降りていて、何処へとでも行きなさい、と言われたが。わたくしは庵の影から彼女を見詰め、目を離すことが出来なかった。
そっと彼女が道士服を羽織り、帽子を被り。先に残った荷物を崖の下へ放り投げた。気持ちが抑えられなくて、わたくしは彼女のもとへ駆け出そうとした。
しかし同時に飛び降りた彼女。
わたくしが留められたのは彼女の帽子のみで……
無情な水音が、ただ響いた。
言葉を交わせぬ獣の身を、どれだけ嘆いたことだろうか。
このユニコーンの身でなければ、彼女を止める楔となれただろうか。
失意の日々が続いた。彼女が身を投げたラノシアの海の傍らを歩む日々。何時しか彼女が流れ着きやしないかと、ただただ待ち続けた。
聞こえてくる、低い角笛の音。
とうとう幻獣にも幻聴が聞こえたか、と独りごちて駆け出した。幻聴に応える理由はなかったけれども、気が付いたら身に染みた癖のように駆け出していた。
中央ラノシアのある川に掛かる橋の上に……
わたくしめは、彼女でない彼女をみた。
「ユニコーン……!」
身姿は、海に沈んだわたくしめの彼女と殆ど変わらぬ姿をしていた。ひとつ、彼女の両目の赤が異なって見えたくらい。嬉しそうに彼女はわたくしめを抱き締めるなされ……震える声でわたくしに問うた。
「アンフェルツィートとして生きていくから、どうか私に力を貸して……」
彼女は、わたくしの知る彼女ではなかった。同じ身、同じ力、しかし本当には違う名を持っていたという、謎の存在。
誰もが彼女をわたくしの主の彼女として認識しているのを、わたくしは彼女の横で見た。彼女もそれを分かっているのか、努めてそう振る舞い、応じてきた。
やがて、彼女の彼女らしい処はひとつずつ抜け落ちていき……彼女は本当に主の彼女になりきってしまったように思えてきた。
はじめは頻繁に溢していた、昔話。彼女が猫であった話も、何時からかしなくなり。彼女が違和感を感じるような口調で話すことも減っていき。
わたくしは危機感を覚えた。
このままでは、『彼女』が消えてしまう……
だからわたくしめは話しました。彼女と『彼女』の二人のことを、一匹のモーグリに。きっと酷い裏切りだと、どちらも怒るでしょうけれども……
白い獣が一匹、北部森林の境樹の傍らでゆっくりと草を食んでいた。
エオルゼアには珍しい、馬の一種であるように見えるその獣の額には、美しい渦を巻いた一本の角が備わっていた。
その生き物はユニコーンであった。
草を食む、ユニコーンの傍らに、草笛を吹く小さな白い獣がいた。
丸く柔らかな白い身体と、短い四肢。特筆すべきは、その頭の赤いアンテナのようなぼんぼんだ。
その生き物は万人に見えるものではない。その生き物はモーグリと呼ばれる種であった。
二匹が木陰の緩やかな時間を享受する昼下がり、二匹には聞き慣れたオカリナの旋律が響く。
モーグリがふわり、小さな羽根を揺らしながら浮かび上がった。二度、三度、ぼんぼんを黄色に点滅させると、ユニコーンは小さく頷く。
モーグリは息を吸い込む素振りを見せる。不思議な浮遊音と共に、モーグリはふわりと宙へ浮き、そのまま南へと飛び去っていった。
グリダニア、旧市街に向けて。
オカリナから口を離す、一人のミコッテ。木製のハーフマスクを付けている彼女は、鬼哭隊の一員であることを示している。
傷まみれの槍を背負い、黄蛇門に背中を預ける、小柄な少女であるようだ。
何かを待つように、少女は腕組みをする。やがて、現れたのは一匹のモーグリ。
「首尾は」
ミコッテはただそれだけモーグリに尋ねた。心得たように、頷いて雰囲気付けのように小さな声で囁き始めた。
「……そうか」
信じがたい。
私が最初に抱いた感想は、実にそれであった。
このグリダニアの都市は、精霊の信託によって国是が決定され、精霊評議会、更に幻術士ギルドを介してその決定が伝達される。
何処から来たかも分からない、一人の根暗なシェーダーが、その幻術士ギルドから急に名を上げ、秘術であった白魔法を会得したのはいつのことであっただろう。
精霊に愛されていたのか。根暗娘は角尊でないにも関わらず、ヒューランでないにも関わらず、幻術を、白魔法をマスターしていった。
今も彼女は、精霊評議会の末席を預かる、ひとりの神官として役目を果たしている。
褐色肌に、灰銀の髪を靡かせて、彼女は異人の女神のようだ。かつて根暗で密やかに慎ましやかに生きていた姿は影を潜め、健気にいとおしそうに他者を愛する献身さもまた、彼女の評判を上げている。
根暗であった彼女を知らぬ者も多い。彼女は今の彼女になってから、表舞台に姿を見せるようにもなったのだ。
だが、そんな人も姿も良い彼女に……ひとつの噂が流れていた。
彼女は別人だ、という。
結論から言えば……それが正しかったのだ。
エオルゼアには珍しい、馬の一種であるように見えるその獣の額には、美しい渦を巻いた一本の角が備わっていた。
その生き物はユニコーンであった。
草を食む、ユニコーンの傍らに、草笛を吹く小さな白い獣がいた。
丸く柔らかな白い身体と、短い四肢。特筆すべきは、その頭の赤いアンテナのようなぼんぼんだ。
その生き物は万人に見えるものではない。その生き物はモーグリと呼ばれる種であった。
二匹が木陰の緩やかな時間を享受する昼下がり、二匹には聞き慣れたオカリナの旋律が響く。
モーグリがふわり、小さな羽根を揺らしながら浮かび上がった。二度、三度、ぼんぼんを黄色に点滅させると、ユニコーンは小さく頷く。
モーグリは息を吸い込む素振りを見せる。不思議な浮遊音と共に、モーグリはふわりと宙へ浮き、そのまま南へと飛び去っていった。
グリダニア、旧市街に向けて。
オカリナから口を離す、一人のミコッテ。木製のハーフマスクを付けている彼女は、鬼哭隊の一員であることを示している。
傷まみれの槍を背負い、黄蛇門に背中を預ける、小柄な少女であるようだ。
何かを待つように、少女は腕組みをする。やがて、現れたのは一匹のモーグリ。
「首尾は」
ミコッテはただそれだけモーグリに尋ねた。心得たように、頷いて雰囲気付けのように小さな声で囁き始めた。
「……そうか」
信じがたい。
私が最初に抱いた感想は、実にそれであった。
このグリダニアの都市は、精霊の信託によって国是が決定され、精霊評議会、更に幻術士ギルドを介してその決定が伝達される。
何処から来たかも分からない、一人の根暗なシェーダーが、その幻術士ギルドから急に名を上げ、秘術であった白魔法を会得したのはいつのことであっただろう。
精霊に愛されていたのか。根暗娘は角尊でないにも関わらず、ヒューランでないにも関わらず、幻術を、白魔法をマスターしていった。
今も彼女は、精霊評議会の末席を預かる、ひとりの神官として役目を果たしている。
褐色肌に、灰銀の髪を靡かせて、彼女は異人の女神のようだ。かつて根暗で密やかに慎ましやかに生きていた姿は影を潜め、健気にいとおしそうに他者を愛する献身さもまた、彼女の評判を上げている。
根暗であった彼女を知らぬ者も多い。彼女は今の彼女になってから、表舞台に姿を見せるようにもなったのだ。
だが、そんな人も姿も良い彼女に……ひとつの噂が流れていた。
彼女は別人だ、という。
結論から言えば……それが正しかったのだ。
物の考えに、正答など存在しない。
いま、私の考えるものが、私の答に他ならないのだから。
グリダニアを森の都、リムサ・ロミンサを海の都と称するならば、ウルダハは即ち砂の都であろう。
植物に由来する資源の乏しいザナラーンは、一方で鉱物資源の豊かさを見付け出す事が出来る。
私の職人としての主な生活が、革細工と木工に根差しているのは知っての通りだ。採掘師を始めたのは、元を言えば自らの為ではない。
ザナラーンの夏は暑い。
このウルダハに立身した、慣れた身の私ですら、時に苦痛に感じる程だ。
砂漠のような地方ではあるが、水場がないという訳でもなく……西ザナラーンのノフィカの井戸などは、貴重な水源地である。
少しくらい水浴びしたって、罰は当たらぬだろう。
そう思って、立ち寄った私が見たものは……
「もう帰りたいのー……」
「こっちも腕が上がらないのだわ……」
「……お前ら」
情けないエレゼンどもの姿だった。
「銀に、ソーダ水か」
「うん、数が要るからマーケットじゃお金がかかってさ」
「質が良いのが欲しかったのよ、唯でさえ稀少な生マユを紡ぐのだもの」
西ザナラーン、ノフィカの井戸と言えば、駆け出しの採掘師達の採掘所でもあった。
銀鉱、ソーダ水は、どちらも駆け出しを少し卒業したくらいの採掘師が採ることが出来る素材である。
金の髪のエレゼン、アルティコレートは裁縫師として紡ぐ、生マユを洗い清める水としてソーダ水を求めて。
褐色肌のエレゼン、アンフェルツィートは、彫金師として彫る、銀細工の為の銀を求めて。
二人揃って採掘師を始めたものの、その力仕事が続かず力尽きていたのだという。
「情けない。一応君達は光の戦士なのだよ?」
「わたくし頭脳派ですし」
「森はこんなに暑くないんですよぅ……」
聞いて呆れる有り様だった。
とはいえ、言い分に全く理がない訳でもない。アルティコレートと言えば、学者、でなくとも黒魔道士として高名な賢者といっても過言でない魔法使い中の魔法使いである。アンフェルツィートは依頼や冒険の為でなければ森を出ることのない、グリダニアの重鎮。グリダニアは深い森に直射日光を奪われ、涼しい処がほとんどで場所によっては寒いくらいでもある。
二人には向かないといっても過言でないのは確かなのだ。
しかし、それでは二人の目的は果たされない。出来れば過度の出費は避けたい処であるし、採掘師と言えば、革なめしに使うミョウバンであるアルメンもまた採集出来る立場である。
「やれやれ、貸してみろ」
私は地に投げ出されていた、二人のどちらのものかわからないピッケルを拾い上げる。
アルトには料理を何時も世話になっているし、旅先で使う薬品を、最近はアンフェルが手助けしてくれるようになった。
私はザナラーンに慣れている身であるし、力もある。たまにはこの二人の為に尽くすのも悪くない……
私はそうやって採掘師を始めたのだった。
いま、私の考えるものが、私の答に他ならないのだから。
グリダニアを森の都、リムサ・ロミンサを海の都と称するならば、ウルダハは即ち砂の都であろう。
植物に由来する資源の乏しいザナラーンは、一方で鉱物資源の豊かさを見付け出す事が出来る。
私の職人としての主な生活が、革細工と木工に根差しているのは知っての通りだ。採掘師を始めたのは、元を言えば自らの為ではない。
ザナラーンの夏は暑い。
このウルダハに立身した、慣れた身の私ですら、時に苦痛に感じる程だ。
砂漠のような地方ではあるが、水場がないという訳でもなく……西ザナラーンのノフィカの井戸などは、貴重な水源地である。
少しくらい水浴びしたって、罰は当たらぬだろう。
そう思って、立ち寄った私が見たものは……
「もう帰りたいのー……」
「こっちも腕が上がらないのだわ……」
「……お前ら」
情けないエレゼンどもの姿だった。
「銀に、ソーダ水か」
「うん、数が要るからマーケットじゃお金がかかってさ」
「質が良いのが欲しかったのよ、唯でさえ稀少な生マユを紡ぐのだもの」
西ザナラーン、ノフィカの井戸と言えば、駆け出しの採掘師達の採掘所でもあった。
銀鉱、ソーダ水は、どちらも駆け出しを少し卒業したくらいの採掘師が採ることが出来る素材である。
金の髪のエレゼン、アルティコレートは裁縫師として紡ぐ、生マユを洗い清める水としてソーダ水を求めて。
褐色肌のエレゼン、アンフェルツィートは、彫金師として彫る、銀細工の為の銀を求めて。
二人揃って採掘師を始めたものの、その力仕事が続かず力尽きていたのだという。
「情けない。一応君達は光の戦士なのだよ?」
「わたくし頭脳派ですし」
「森はこんなに暑くないんですよぅ……」
聞いて呆れる有り様だった。
とはいえ、言い分に全く理がない訳でもない。アルティコレートと言えば、学者、でなくとも黒魔道士として高名な賢者といっても過言でない魔法使い中の魔法使いである。アンフェルツィートは依頼や冒険の為でなければ森を出ることのない、グリダニアの重鎮。グリダニアは深い森に直射日光を奪われ、涼しい処がほとんどで場所によっては寒いくらいでもある。
二人には向かないといっても過言でないのは確かなのだ。
しかし、それでは二人の目的は果たされない。出来れば過度の出費は避けたい処であるし、採掘師と言えば、革なめしに使うミョウバンであるアルメンもまた採集出来る立場である。
「やれやれ、貸してみろ」
私は地に投げ出されていた、二人のどちらのものかわからないピッケルを拾い上げる。
アルトには料理を何時も世話になっているし、旅先で使う薬品を、最近はアンフェルが手助けしてくれるようになった。
私はザナラーンに慣れている身であるし、力もある。たまにはこの二人の為に尽くすのも悪くない……
私はそうやって採掘師を始めたのだった。
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