忍者ブログ
作中の『カミサマ』とは、Articolato Rosatraum Waentbryda Sterwilfin White Mithra Oblige Saccade のプレイヤーのこと。  
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「貴女は……?」

正直なところ、その先には身を隠す悪党か随分と力のある道士が居るであろう姿を思い浮かべていたレアヌ。
その先にいた姿が、少女と言っても可笑しくないあどけなさで迎えてくるとは思ってもおらず拍子抜けた表情が表に出る。
辛うじて絞り出た誰何の言葉にも、そのペースを崩すことなく少女は答えた。

「わたし?アンフェルツィートだよ」

少女の視線が、2人の目線を離れ、2人の服に移る。好奇の目を輝かせた彼女が、双蛇党の仕事中であることを労い、また目的を問うてやっと、当初の目的を思い出すことが出来た。

なにをしているの?

そう無邪気に問う姿が、情報源になるかと言われると思えずにいられない。そんな雰囲気に呑まれそうになりながら、その問いに答えようとはして、気が付く。

アンフェルツィート、というその名が指す存在の意味に。


「……キミが!?あの鬼哭の護衛を撒いたっていう」

どうやらカスリも同じ結論に気が付いたようだ。信じられないような気持ちを抱きながら、レアヌも重ねて尋ねる。

「本当に貴女が道士アンフェルツィート、なのね?」

少しだけ驚いた表情をして、それから彼女は困ったような笑顔のまま頷いた。
その答えは肯定。

「貴女を探していたの、鬼哭の知人の依頼で」






「そっか、ハイノちゃんから……」    

アンフェルは、そう呟きながらカウルのフードを外した。その中身に、レアヌとカスリは二度息を呑むこととなった。

褐色肌の彼女の持つ耳がエレゼンの長耳であることに。
彼女の褐色の肌は、暗所に適応したシェーダーが、不慣れな光に肌を焼かれぬよう得た特徴。彼女の始祖は今も地下に眠るゲルモラの民。それは精霊を恐れ続ける事を選んだ者達。


「驚く、よね。今は地上に暮らすシェーダーも多いし、特徴を失う人も多いけど。私のは色濃いし、何より」


その彼女が、人と精霊を橋渡しする道士であるという事実。彼女が道士に相応しくなければ、彼女はすぐさまに精霊の怒りに触れ鬼となるかその身は無事でも幻術の力は失うことだろう。
精霊もまた、彼女が道士であることを許容している。

「精霊評議会の為、だよね。でも、その様子だとそんなに重大な事のようには言われなかったよね?私のこと」


2人が頷くと、彼女は皮肉を嗤うかのような、自虐に満ちた笑顔を浮かべた。

「私、居ても居なくてもおなじなんだ。精霊の声が聞けないから」









微かな滝の音の音色を背中に、暫しの時間を過ごす。変わり者の道士との、のどかな語らい。気付けばカスリなんかは、彼女と同じように素足を川に浸して、澄んだ清流を跳ねさせていた。

「……でも、心配そうに見えたよ?ハイノ」
「そだね、ハイノちゃんは優しいから」

きっと、道士はもっと恐れ多いものなのかも知れない。けれど、冒険者であり、お転婆にも見える彼女の姿はカスリにはとても親しみやすいものに見えた。

「何時もこうしてるの?」
「そーだなー。そして何時も日没頃にね、ハイノちゃんに見付かってどやされるの」

くすり、と笑う彼女は無邪気で悪戯っぽく見えた。先の自虐のような笑みとは違い、楽しんでいるように見える。最初に抱かされたほど、彼女は悲観している訳でもないと、二人には伝わった。

「よしっ、今日は少しはやいけど帰るの!心配は要らないと思うけど……」
「護衛は任せて!ハイノも諌めてあげるしっ」
「ちょっとカスリ、確約できない事をそんな軽く……」


たしなめようとするレアヌの目の前で、能天気に談笑するカスリと其れに目を細め幸せそうに応答するアンフェルの姿が繰り広げてられていて。

「……自己責任よ?」

苦笑いしながらも、悪くないといった声色で制止を諦めるレアヌであった。
PR
森の都グリダニアを南から出ると、其処には比較的密度の浅い森が広がっている。
一般に中央森林と呼ばれているこの地域はスプリガンの巣にさえ寄らなければ危険な魔物も多くなく、多少の心得のある人間にとっては散策に向いた森へと変わる。
黒衣森の中では一際大きいこの地域。捜索は難航していた。

「かくれんぼには広すぎよ……」
「うう、ハイノこれ全然ちょっとしたお願いじゃないよー……」

巡回任務自体を中止するわけにも行かず、捜索はレアヌとカスリの二人で行っていたのも難航の一因だった。聞き込みも行ったものの、行方を知る者もいなかった。

幾つかある木製の橋の上、カスリが座り込むのに合わせて二人は一休みする事にした。


橋の下を、ささやかな音を立てて清水が流れている。
グリダニアの黒衣森は豊かな自然もそうだが、清らかな水にも恵まれている。
この橋の下を通る川はこの北にある小さな滝から中央森林に流れ込み、南方へ流れ、ベントブランチで折り返して、北方、更にはグリダニアの湖に注いでいる。


「一体何処に行ったのかしら……」
「中央森林は広いですもんねー……あれ?」

 
カスリは耳を傾ける。平和な中央森林は人気も少なく、化けキノコが位置を変える為、時々草を踏む以外は、水の流れる音がするだけだ。

橋の北側を振り返れば、遠からぬ先に小さな滝が流れているのが見える。


「滝の音が、聞こえない……?」
「え?」


カスリの呟きに、レアヌもまた耳を傾けた。
余りにも静かでのどかすぎて、かえって気付かなかったその違和感。


「行ってみましょう、この近さで聞こえないのは流石に不自然よ」


近付いていくと、やがて滝の音が世界に戻る。
途切れる事無く音を奏でる滝の傍ら、岩に腰掛け気持ち良さそうに水を蹴る人の影。


「あや?こんにちは?」


羊毛のカウルなのか、自然な白を纏った銀髪の少女。
サンダルを履いた褐色の脚を水に濡らしながら彼女は二人に曖昧に笑いかけた。
基本的な話である。
グリダニアの軍隊は幾つかに別れている。その内主要なものが、国外に向けた対応を主とする神勇隊と国内の憂いに向けた対応を主とする鬼哭隊のふたつである。
そして国内の憂いとはすなわち治安維持。
貴人の護衛も仕事のうちである。もっとも、顔を出さねばならぬ場などにおいては神勇隊が代役を担うこともある。

グリダニアにおいて、まず一番護衛の機会が多いであろう存在と言えば。その経験こそ信頼と実力の証と言える相手がいる。

精霊の声を聞くことが出来る高位の幻術士達、言わば道士と呼ばれる者達である。





「全く、何処へお行かれになられたのだ……」

   

精霊評議会に名を連ねる程の道士となると、その名の重さは計り知れない。当然、本来見失って捜索せねばならぬ等という事は護衛失格と言っても過言ではない。しかして、この道士の護衛が道士を見失ったと報告してくるのは、何も一度や二度の事ではない。

「私が護衛でなければすぐ逃げ出されて……彼女に撒かれる護衛にも叱咤せねばならんが一度きついお灸が必要なのかもしれんな」


私は鬼哭隊の、ル・ハイノ。
そして問題の道士こそ。
厄神乙女、アンフェルツィート。
精霊の声を聞くことの出来ない、一介の冒険者からシェーダーでありながらも道士となったエレゼンの女性である。











   


しかしながら、困ったものである。
部外者から、偶然によって白魔道士となり、角尊でもない彼女を出来る限り特例にしない為、彼女は望まれて道士となった。
囲い込みと言っても良いのかもしれない、だからか彼女は彼女自身が道士であるということを度々軽んじる。今だって、自分が出席しようが欠席しようが大差ないと考えていることだろう。


彼女が、特異な人間であるということは私も良く知っている。しかしながら、このような軽視が度々他人を振り回し困らせていることをいい加減気付いて貰うべきなのだろう。

「やれやれ、どうしたものかな」


今の私には別の任務も入っていてとてもじゃないが彼女の捜索に割ける時間が無いのだが。
一方で、並の隊員であれば召喚術と幻術を操り、撒いてしまうのが彼女でもある。

どうしたものか。
そう思う私の目の前を、見慣れた尻尾が横切った。
その尻尾の持ち主に予測がいき、私の心は綻ぶ。
そうだ、こいつは適任ではないか。
私はその尻尾に声を投げかける。




「……カスリ!少し良いか」















『少女が、道士であればこそ』









「道士の捜索!?」

グリダニア新市街、カーラインカフェ。
その片隅で驚きと焦りの混ざったような声が上がっていた。
慌てて声の主を制する姿も見える。周囲のざわつきが、内容が確かにただ事でないことを証明している。

「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
「いや落ち着くのは良いのだけれども……カスリ、これ本当に“ちょっと頼みたいこと”なの?」

「う、うん」



この場の誰もが、道士というものがどんな存在か分からないなんてことは無い。其れが如何にこの都市を運営していくにおいて、どれだけ大事な存在かも。



「今夜の精霊評議会に出席予定の道士が、護衛を振り切って外遊中なので探して欲しい。って……振り切って?」
「うん。ハイノがそういってたから間違いないみたい」


こんな昼間からカーラインにいる面々の一部は常連というものである。その一部には、ハイノという名前で既に察しがついたらしい。声の主のテーブルを除いて、緊張した雰囲気は壊れきっていた。



「それってどういう……」
「失礼、双蛇党の方々。その道士なのだけれど……若しかしてアンフェルくんかい?」


テーブルに差し入れのスープを片手に、声をかけたのはカーラインカフェのマスターだ。肯定するミコッテの隊員に、彼女ミューヌはやれやれと溜め息をついて隊長のエレゼンに答えた。

「アンフェルくんは冒険者でね……道士の仕事を、特に精霊評議会をサボるためによくこうなるんだ……」
「さ、サボ……」
「道士様ともあろうものがさぼ……」
「ハイノの上司って……」

「冒険者ギルドにも登録している身だから、迷惑を考えてそう遠くには出てないだろう。申し訳ないが、頼めるかい?」

冒険者ギルドに所属している冒険者は、交流の利便性の為ある程度の居場所を冒険者ギルドに教えるよう設定することが出来る。其れを冒険者ギルドを通じて検索出来るようにしていたり、ギルド運営のパーティ募集掲示板に提供されていたりする。
出来ることの多さに、拒否するのは稀な程だ。


「今彼女は中央森林にいるだろう。広いから大変だとは思うけれど……」
「いえ、此方の不手際で何時もすみません……」


元とは言えば護衛が撒かれなければよいという話でもあるし、道士がサボタージュしようとしなければよいという話でもある。
エレゼンの隊員……レアヌと、ミューヌは、何だか互いに申し訳ないような気まずいような、そんな顔を見合わせるのであった。
十二神大聖堂。
私は、その聖堂内に設けられていた、ひとつの部屋におりました。

「気付いてあげられなくて、本当にごめんなさい……」

作業机がひとつ、その上に白い封筒に納められた書。私はそれを手にし、涙が溢れます。

"何時かこの部屋が暴かれた日の為に"

そう書かれた封書の中身は……"アンフェルツィート"の遺書でした。
ユニコーンに暴かれたこの部屋にいまいるのはわたくしだけですが、もう少しすれば本来の部屋の主もくる事でしょう。世界には、この部屋の主として定義された、別人なのであり、本物の彼女は本当に身を投げてしまわれたのだともまた、ユニコーンから伺いました。
ユニコーンが渡してきた、ぼろぼろの帽子は、確かに彼女が道士として被っていた帽子。


わたくしはそれを抱いて、そっと声を殺し泣きました。もうすぐくる人にこの涙を見せる訳にはいかないでしょう。
彼女にとってもまた、辛い部屋に違いないでしょうから。







「センナ様は此方におられます」

運命の時が来た。
あの部屋の扉を開く。先に来ていたセンナ様の後ろ姿が見えた。
真っ白な部屋、閉められたレースのカーテン。深い木の色をした作業机、その上の白い一通の封筒。
隣に立つ『アンフェルツィート』が目を見開き凍り付くのが見えた。先に聞いた話では、この『アンフェルツィート』に"アンフェルツィート"としての記憶は自分の存在を混同するようになってから僅かに覚えるようになったらしいのだと聞いていたが。

「この部屋に、覚えはありますか」

息を飲むばかりで、返事はない。
本当にユニコーンの言う通り、身体だけ同じ……別人であったのか。前の身体の持ち主を追憶し、望まれるままに倣った結果、本物そっくりになりきる事を覚えてしまった、全くの他人であったのか。

「ありませんか、此処は貴女が死を決意した部屋です」
「ぁ、ああ、ああぁ……!」


隣の彼女が、頭を抱えて蹲る。罪悪感を抱くものの、此処で止めては、彼女は染み付いたなりきりをもう自分で剥がせない。


「貴女は……海に身を投げた、アンフェルツィートではありませんね?」
「ちが、や、嫌ああぁ……」


精神負荷が意識の線を焼き千切ってしまったのか、彼女はとうとう崩れ落ちた。助けおこし、命には別状無いことを確かめる。心配そうに振り返るセンナ様に、「気をやってしまわれただけです」と返し、アンフェル様を抱き上げた。
背の高さの割に、彼女は軽い。
作業室の奥に設けられた簡易ベッドに寝かせてやることにした。


「自分が別人であることを受け入れられなくなるまで、心底なりきってしまわれていたのですね……」
「でしょう、ね。此処までとは……思っておらず」


望まれるまま、演じ続け。
次第にそれを幸せに感じるようになり。地位も人望もあるその環境にすがるようにしがみつき。何時しか我すら忘れていた。
苦痛に顔を歪めたまま意識を失っているいまの彼女は、何を思っているのだろう。


「苦しかったでしょう、貴女に貴女以外を求められたこと。此処まで来てしまった以上、もう思い出さない方が幸せだったのかもしれませんね、貴女が何者であったかということ」

そっとセンナ様がアンフェル様の頬に触れた。その輪郭を優しくなぞる。海に身を投げた筈なのに、なんの障害も持たぬ違和感を除けば、彼女の姿は確かに"アンフェルツィート"その人だ。


「ただそうだとしても……この件の真実と、偽らざる貴女の心を確かめたかったのです」


他人として生きる生。
それが、本当の本当に幸せなのか。私達は思えずにいた。

「アンフェルツィートではない、貴女と……きちんと、お話がしたいのです」


















ふと、暗闇のなかにいることに気が付いた。
真っ暗で何も見えない処、私の片腕を引く姿がある。
褐色の肌、灰銀の髪。深紅の瞳が笑いかける。わたしかな?
引かれるままにそちらに向かおうと思うと、もう一方の腕を誰かに引かれた。

柔らかな肌色、鮮やかな紺青の髪。萌える草色の瞳が怒りを露に私の逆手を引く。はっ、とした。あれ、わたし?

どちらに手を引くのも私だと、私の記憶は訴えた。けれども、そんな筈がない。私はひとりだ、と真っ黒くろすけの私の姿を見て思う。どちらに応じるべきか戸惑っているうちに、二人は本気で引っ張り始めた。

やめて、助けて、『わたし』が裂けちゃうよ!
そう叫ぼうとして……私は飛び起きた。


「あれ……?」
「大丈夫ですか?」


知らないけれども、見覚えのある部屋。褐色の肌も、視界に入る灰銀の髪も、私の筈だ。けれども、なんでだろう。違う。私じゃない。


「なんで、わたし、そうじゃない……」


頭が痛い。息が上がる。どうして私はこんな姿をしているのか。いや、そんなことを言うならば私の本当の姿って?そう考えると、夢の中の猫の姿が浮かぶ。嘘だ、そんなわけない。尻尾を触られた記憶なんてないのに。


「私、誰……?」
「アンフェルツィート様……?」
「違う、私、そんな名前、違う。違うのに、私、他の名前……」


呼ばれた名前は、この姿の名前だとはっきり繋がった。けれども、私はこの姿では本来無かった気がして。では、私の本当の名前は?
違う名前で呼ばれる記憶を辛うじて引き出す。しかし、その記憶に映像も音もない。違う名前を呼ばれたという、意識だけが。


「……名前、私の名前……ない、見当たらない、私……」

狼狽える事しか出来ない私の背中を、センナ様が優しくさする。鬼哭隊の人は、私じゃないわたしの名前を呼ぶけれど、それは私の名前が無いからで、私を案じているのは分かる。


「無理をしないでくださいね、貴女は長い間その意識を押し込め、忘れて生きてきたのです……直ぐには思い出せぬのも仕方のないこと」


そう言えば、私は誰として生きてきたん、だっけ。間もない記憶はすらすらと浮かぶ。今日も、アンフェルツィートは道士のひとりとして、かつ双蛇党のひとりとしてカヌ・エ様の望みに応えて会合を……


「ぁ、カヌ・エ様……本日のご用件、は……?」


いけない、混乱していて、忘れていた。その上介抱までされているだなんて。私ったら、なんて情けないの。

「貴女とお話しをしたくて、此処までお連れしたのです。名の無い貴女と」
「……」

名無しの私。そう言われて言葉に詰まる。そうだ、私には、地位も名前も姿すらない。ここにあるのは、この身体とこの身体の名とこの身体の地位。
決して忌み嫌うような感情はアンフェルツィートには抱いてはいない。言うならば、新しいわたし、のような、そんな気持ちは抱いてもいたし。
けれども、私は求められる新しい私であろうと願ううちに……名の無い私であるという意識を、失っていたのか。


「そう……」


まだ混濁する意識のまま、私は紡いだ。他ならぬ、名もない私が、思うこと。抱く幸せのかたち。みんなが幸せなら、幸せの為に、この身体と、アンフェルツィートという人物がいるなら。
確かに私は名無しの私を忘れていた。けれども、海に身を投げたアンフェルツィートとはまた違う思考と選択の中に生きてもいると、私は思う。私はかつてのアンフェルツィートそのままになろうとしているのではなく、私なりに『アンフェルツィート』として名付けられた立場で生きようとしていた、と。


「本当に、それで良いのかしら……結局、誰も貴女を……名無しの貴女を貴女に求めないなんて」
「そう、ですね……でも、覚えていてくれたし、ユニコーンが。それに幸せなの、今のアンフェルだって、私のものだもん」


幸せだった。それは確かだった。
だからこそ名無しの私を忘れるくらい、アンフェルと呼ばれた私に没入していたんだろう。


「其処まで心配なら、覚えててくれたら、嬉しい、かな……?」


はっとするカヌ・エ様の姿を見て、望みすぎたかと一瞬後悔するけれども。

「そうですね……では、私と彼女だけでも。多くの人にこの真実を伝える事は出来ないでしょうから……わたくし達だけでも貴女の存在を覚えておきましょう」


はじめは、とてもとても辛かった事を覚えている。
私が私でなくなる感覚、私じゃない私が求められる感覚。確かに、カヌ・エ様の言う通りだった。けれども、アンフェルと呼ばれた私には、かつての私には出来ないたくさんのことがあって。生まれ変わった気がして。次第に好きになったのだ。
そしたら私が世界の考えているアンフェルそのものではなかった事も、名無しの私も忘れてしまって、受け入れるのに時間をとってしまったけれども。


これからは、名無しの私も覚えていてくれるひとがいる……



わたし、要らない子じゃないんだな。だって、わたしの幸せを祈ってくれる、ひとがいるもの。だから、わたしを忘れるほどのめり込んでなりきる必要もまた、もうないんだ。
幻術士ギルド。
私は碩老樹瞑想窟から出てくるであろう、一人の女性を待ち構えていた。
ケープをアレンジしたかのような上着と、長い腰布を巻いたようなスカート。肌の露出は高いものの、厭らしさは決して感じさせない。
木靴が木の橋と鳴らす音色を、私は目を伏せながら聞いていた。森の音色が心地好い。

褐色の肌、灰銀の髪。
色の違う紅の瞳が、私に微笑みかける。

「御待たせ致しました、鬼哭のひと」
「たいして待ってもおりません、お気になさらず。……アンフェルツィート様」
「うん、分かっているよ。其処まで護衛、宜しくお願いします」

彼女こそが噂の人。
シェーダーの道士というだけで珍しいのに、幻獣ユニコーンを伴い、白魔法を会得し、センナ家の弟妹にも信頼されている。
かなりの重要人物であるのにはかわりなく、公の場であれば彼女にも護衛がつくのが常だ。
普段は神勇隊の管轄である。その上、彼女は冒険者として立つ際は護衛を拒む事すらあるために、私が護衛するというのは異例でもあるのだが。


――確かめたかったのだ。

彼女が別人であるというのを、他ならぬこの目で。



「にしても、珍しいね。センナ様が、都市の外で待ち合わせをするだなんて」
「あまり、公とはしたくない事柄であるそうですから」


今回、彼女は密談の内容を知らない。彼女を呼び出したのは、他ならぬ噂の真偽を確かめる為。
未だ、悟られてはいない。

悟られてはいけない。

「そっか……何だろ?想像つかないや」





何時もはユニコーンに乗る彼女も、護衛が居るときは馬車に乗ってくださるようにようやっとなってくれたのだと、何時か神勇隊の知人がこぼした事がある。
私の目の前で体操座りを崩したような座り方をそのままに、リラックスしているような、横顔に囁いた。


「馬車はお慣れになりましたか?」
「うん、皆揺れないように気をつかってくれているから」


それは、私達の知っている"ある日"の、丁度後のことで。
まだあの焦りと喧騒を……思い出す。



















道士、アンフェルツィートは冒険者の出。故に何時も都市に居るわけではないし、直ぐに呼び出せる訳ではない。しかし、ある程度の居場所は一匹のモーグリが知っており、彼女を探すのに困った事はなかった。


唯一度、を除いては。

『とんでもないクポ!アンフェルが自害するってボクをおいてって森からすら出ていっちゃったクポ!』

たまたま其処に高位の道士以外に居たのは私だけで、その件は直ぐに口封じがされた。実際彼女は精霊の誰もが居場所を知らず、彼女の愛馬も行方不明。
当時未だ裏役として動いてばかり、知るひとぞ知る著名人。自殺の証拠すら見付けられないまま月日は過ぎた。



『ご心配おかけしました』

結局騒動は、ある日唐突に彼女が戻ってきて幕を閉じた。彼女は自害予告などしていないし、知らぬといい、一匹のモーグリが道士達に怒られただけであっさり片付けられた。

ただ戻ってきた彼女は慎ましやかながら、別人のように明るくて。はじめは疑った者もいた筈なのに、何時かすっかり忘れていた……





「どうしたの?険しい顔……」
「……はっ、すみませぬ心配をお掛けして」

私達の行き先は十二神大聖堂。
其処には、あの日々見付けられなかった、大事な証拠が眠っている。












哀しまないで。
わたしが悪いのだから。
わたしが望むべきではなかったのだから。


そういって、わたくしめから目を逸らした一人の女性の姿を、わたくしは今も思い出す。



一人のシェーダーがいた。
父も母も、わたくしは彼女からその存在を聞かされた事がない。
ふらりとグリダニアの地を訪れ、冒険者として名を記した彼女は、けれども専ら、森の何処かで密やかに祈りを捧げるばかりであった。
わたくしともその最中に出逢い、彼女の献身に付き従う事にしたのだったか。


彼女は迫害を受けていた。
シェーダーの流れ者。
それは、あまり好まれぬ要素の塊であった。ただ彼女が虐げられる事に何も物申す事がなかったから、それが表になることはなかった。
最後まで。




彼女が白魔道士となり、その名は一般人のものとは到底言えなくなり、彼女への陰湿なそれは加速した。そして、とうとう……



彼女は彼女の好きだった海に身を投げるのだと言った。付き従っていたモーグリに、自害することだけを伝えるよう申し付け、彼女は自室を後にした。その自室に、鍵がわりの結界を張る。誰も、その部屋の存在に気付けぬようにと。
とても直視出来ないストリップな衣装は、彼女のシェーダーらしさを引き立てる。その上に一枚だけ森色のカウルを羽織って、彼女が伝説の白魔道士にはとてもじゃないが映らない。

わたくしめにも、黒い布を被せ、そっとわたくし達は森を出た。
彼女はわたくしめに外地ラノシアの隠者の庵までいくように指示をした。断る権利は、わたくしめにはありはしない。




断崖絶壁。
其処に流れる滝。
折れた大きな橋のようにも見える突き出した木の足場に、彼女は立った。

わたくしからはもう降りていて、何処へとでも行きなさい、と言われたが。わたくしは庵の影から彼女を見詰め、目を離すことが出来なかった。

そっと彼女が道士服を羽織り、帽子を被り。先に残った荷物を崖の下へ放り投げた。気持ちが抑えられなくて、わたくしは彼女のもとへ駆け出そうとした。



しかし同時に飛び降りた彼女。
わたくしが留められたのは彼女の帽子のみで……




無情な水音が、ただ響いた。
言葉を交わせぬ獣の身を、どれだけ嘆いたことだろうか。
このユニコーンの身でなければ、彼女を止める楔となれただろうか。









失意の日々が続いた。彼女が身を投げたラノシアの海の傍らを歩む日々。何時しか彼女が流れ着きやしないかと、ただただ待ち続けた。

聞こえてくる、低い角笛の音。
とうとう幻獣にも幻聴が聞こえたか、と独りごちて駆け出した。幻聴に応える理由はなかったけれども、気が付いたら身に染みた癖のように駆け出していた。
中央ラノシアのある川に掛かる橋の上に……

わたくしめは、彼女でない彼女をみた。

「ユニコーン……!」

身姿は、海に沈んだわたくしめの彼女と殆ど変わらぬ姿をしていた。ひとつ、彼女の両目の赤が異なって見えたくらい。嬉しそうに彼女はわたくしめを抱き締めるなされ……震える声でわたくしに問うた。

「アンフェルツィートとして生きていくから、どうか私に力を貸して……」


彼女は、わたくしの知る彼女ではなかった。同じ身、同じ力、しかし本当には違う名を持っていたという、謎の存在。
誰もが彼女をわたくしの主の彼女として認識しているのを、わたくしは彼女の横で見た。彼女もそれを分かっているのか、努めてそう振る舞い、応じてきた。
やがて、彼女の彼女らしい処はひとつずつ抜け落ちていき……彼女は本当に主の彼女になりきってしまったように思えてきた。


はじめは頻繁に溢していた、昔話。彼女が猫であった話も、何時からかしなくなり。彼女が違和感を感じるような口調で話すことも減っていき。
わたくしは危機感を覚えた。
このままでは、『彼女』が消えてしまう……

だからわたくしめは話しました。彼女と『彼女』の二人のことを、一匹のモーグリに。きっと酷い裏切りだと、どちらも怒るでしょうけれども……
プロフィール
HN:
虚向風音
性別:
非公開
P R
忍者ブログ [PR]